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レビュー『To the Moon』

Posted on 2012年11月12日月曜日 | No Comments

待ちに待った『To the Moon』のベータ版が到着したので、レビューを書いた。基本的に私は「魅力的だ、ほかの人にもプレイしてほしい!」と思ったゲームのレビューしか書こうと思わないのだが、今回はそれに反する形となる。

※本記事は、PLAYISMのレビュアー募集企画に参加して執筆している。参加にあたってはレビュー用のベータ版データをPLAYISMより提供いただいた。プレイを行ったのは日本語版『To the Moon』ベータなので、最終的な製品版と細部が異なる可能性があるが、その点は注意いただきたい
2012年12月13日追記
製品版で再プレイをし、改めてゲーム内容を確認した。これに合わせて本稿もベータ版準拠のものではなく、製品版準拠のものとなった。なお、製品版のプレイによって感想自体が変わったりはしておらず、加筆を行ったのは「ローカライズのクオリティについて」の部分のみとなる。

PLAYISM ニュース & ブログ - To The Moon 11月16日配信決定 & レビュワー募集
http://playism.blogspot.jp/2012/11/to-moon-1116.html

関連記事:
日本語版『To the Moon』の配信日決定、併せてレビュアーの募集開始
http://nydgamer.blogspot.jp/2012/11/to-moon.html

概要

■ジャンル アドベンチャー
■開発 Freebird Games
■プラットフォーム Win
■リリース日 2012年11月16日(日本語版の配信日。オリジナル版の配信は2011年)
■価格 980円
■入手経路 PLAYISM(公式サイト、Steam、GOGでも購入できるが、日本語は載っていない模様)
■公式サイト http://freebirdgames.com/
■プレイバージョン 日本語版ベータ
■プレイ時間 4時間(公式サイトでは4時間半以内とされている)

『To the Moon』はRPGツクールXP(英語版はRPG Maker XP)にて作成されたアドベンチャーゲーム*1。製作はFreebird Gamesで、ストーリー、ディレクション、作曲、イラストなどを手がけるKan Gaoを中心としたチームである。、10数人という規模で開発を行なっており、チームとしての活動は5年を超えるそうだ。

*1 RPGと形容しているのが散見されるが、「戦闘を通じてキャラクターを育成しながら物語を進める」といった一般的なRPG像とは異なる。戦闘はないし(厳密には序盤にそれっぽいのがある)、キャラクターのパラメータ上昇や装備のカスタマイズはない。したがってアドベンチャーと形容するのが適切だと思う。

Freebird Gamesは『Dear Esther』が目指したような、ゲームを通じたインタラクティブなストーリー体験というものに主眼を置いている。そして今回紹介する『To the Moon』が彼らの代表作である。海外での評価は極めて高く、公式サイトに記載されている受賞歴も華々しいものとなっている。

  • GameSpot Best of 2011 - Special Achievements Best Story
  • Independent Game Festival - Excellence in Audio Finalist
  • Wired - The 20 Best Videogames of 2011
  • RPGFan - Best Indie RPG of 2011
  • IndieDB Indie of the Year Editors Choice - Best Singleplayer

英語版Wikipedia『To the Moon』*2には、続編の開発がアナウンスされているという記述があるが、公式サイトでそのような記述を見つけることはできなかった。

*2 英語版Wikipedia - To the Moon
http://en.wikipedia.org/wiki/To_the_Moon_(video_game)

今回、日本向けのローカライズとディストリビューションを行ったPLAYISMが、日本語化したいと手を挙げたのが2011年の11月 *3 だったので、およそ1年かかってのリリースとなる。

*3 公式フォーラム参照のこと
http://freebirdgames.com/forum/index.php?topic=3398.0

ちなみにSteam版は英語のほか、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語、韓国語でのプレイが可能。公式フォーラムによると上記言語のほか、スペイン語、ポーランド語、ロシア語、ポルトガル語、オランダ語、トルコ語の翻訳チームがいるようだ。

ゲーム内容

『To the Moon』はちょっとだけ先の未来を舞台とした物語だ。主人公はシグムントコーポレーションのエヴァとニールという男女のコンビ。2人の仕事は死の間際にある人の願いを叶えること。死を迎える直前の人の元を訪れ、その願いを仮想世界で再現するのが彼らの使命である。

本作では、「月に行きたい」という願いを託したまま、昏睡状態に陥った老人ジョニーの依頼を遂行するというのが目的となっている。ただし、依頼者の願いを叶えるためには、特殊な機器を使って彼らの記憶へと潜り込み、願いの源泉となったものを辿らなければいけない。
お互いに憎まれ口ばかり叩いているが、
傍目にはエヴァとニールはお似合いのコンビだ
2年前に妻を亡くしたジョニー。
彼自身は「月に行く」という自分の願いの理由を知らない
『To the Moon』では依頼人ジョニーの人生を逆行しなながら、彼が月を目指す理由はなんなのか、そしてどのような形で月に行くという願いを実現させるのか、といったものを読み解いていくストーリーになっている。

ゲームとしてはシンプルなアドベンチャーの形式を取る。マップを歩きまわってキーとなるアイテムを探し、それを使ってストーリーを進めるというお馴染みの形式だ。操作はキーボードやゲームパッドのほか、マウスでの操作にも対応している。
調べられるオブジェクトにカーソルを合わせると、アイコンが変化する
オートセーブのほかに、手動セーブも可能。手動セーブ枠は3つ。私は初回プレイ時、1時間ほどしたところでオブジェクトに触れられなくなるバグに遭遇してしまい、ゲームが進めなくなってしまったので再プレイを余儀なくされた。バグに遭遇したのは結局その1度だけだったが、安全を期すなら手動セーブが必要だろう。

プレイにかかる時間は3時間程度。難しい場面もないので、時間がかかっても4時間くらいだと思う。行動による場面の変化がないわけではないが、そういった場面自体が少なく、変化もとても小さいのであくまでファンがリプレイするとき向けといった印象である。このため、ゲームとしてのリプレイ性は著しく低い。

俺とお前と『To the Moon』

エヴァ&ニールコンビよろしく、私と『To the Moon』の間にある記憶をたどってみたいと思う。『To the Moon』では徐々に古い記憶へと遡っていくのだが、それではややこしいので時系列順に並べる。

『To the Moon』日本語化の話を耳にする:ストーリー重視の海外産ゲームを日本語で楽しめるよ! やったね、モズちゃん!
Indie Royaleに『To the Moon』が登場:日本語版のリリース予定があるから我慢だ、我慢
レビュアー募集開始:これで一足先に『To the Moon』を触れるぜ! でもほかの人とレビュアーが並ぶのは緊張するね(ドキドキ
プレイ開始:曲とドット絵はかなりいい感じだわ
数分後:ハイパービンタw
1時間後:バグで進めなくなってしまった……(ヽ´ω`)
再プレイ:ああ、そういう意味だったのね、これ(フムフム
再プレイから2時間くらい:さてさてどう幕を下ろすのかな(ワクワク
エンディング:終わった

結論から述べると、私の期待は大きく裏切られた。「あまりに期待が大きかったため」と片付けるのは早計なので、以下で詳しくその理由を述べたいと思う。

『To the Moon』に欠けていたもの

我々はありとあらゆる物語にクライマックスというものがあることを知っている。なぜならそれがエンターテイメントには欠かせない要素であり、幼い頃からドップリと浸かって慣れ親しんでしまっているからだ。言ってしまえばそれ以外の部分はクライマックスを盛り上げるためのお膳立てに過ぎないし、クライマックスが楽しくないコンテンツは大きく評価を下げてしまう。ゲームにおいてもラスボスが弱いことは、心情を盛り下げる要素として批判の対象となりやすい。

『To the Moon』を見てみよう。このゲームのラストシーンにはほとんど驚きがない。プレイしていれば「きっとそうなるだろうな」というシーンが出てきて終わる。

これは私が大好きな『ふしぎの城のヘレン』のレビューでも言及したが、驚きがないことは悪いことではない。いわゆるほとんど結果が見えている王道展開であっても、描写や演出が丁寧なら、ラストシーンに向けて盛り上がりが加速していけばそれで十分に楽しめるはずだ。

関連記事:
レビュー『ふしぎの城のヘレン』
http://nydgamer.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html

しかし、『To the Moon』の結末部は明らかに惹きが弱い。物語の持つテンションが極めて平坦なのである。

本来、物語に臨む私たちの心情は結末付近で最高潮を迎える。加えて結末とその直前のシーンには超えていくべき大きな壁があるべきなのだ。そこを超えるときに、結末は何段階か上の強い心情を要求する。驚きであったり、感動であったり、その心情はさまざまだろう。物語を坂道に例えるなら、結末に向けてその傾斜は一層大きくなる必要があるのだ。なのに本作にはこれが欠けている。
灯台やウサギの折り紙といった印象的なピースはあるのに、
それらの輪郭がぼんやりとしたまま物語が終わってしまった
ジョニーの過去にはさまざまな出来事があり、それが現在を形作っているはずなのに、
回収部分の描かれ方が不十分だと思う
結末に至るまでの過程の部分は十分に丁寧に描かれていたと思う。けれども、最後の最後まで大きな盛り上がりが存在せず、温度を上げも下げもしないまま終わってしまった感がどうしても拭いきれなかった。プレイしているなかで結末に対する期待値を上げていったのに、最後に肩透かしを喰らってしまったというのが正直な感想である。

キャラクター、ビジュアル、音楽といったゲームの構成要素は秀でている

キャラクターたちに目を向けてみよう。主人公の2人は、2つの意味でいい仕事をしたと言えよう。1つはもちろん、ジョニーの夢の実現に向けて努力したこと。もう1つは魅力的なキャラクター像で物語を引っ張ったことだ。

エヴァは仕事のできるお姉さんだ。ただしちょっとだけ天然属性を持っている。私の好きなタイプだ。ニールはややひねくれた基本的には冴えない男だ。普段は面倒くさがりなのに、ときに自身の感情を優先してがんばってしまうライトノベルの主人公タイプだ(私はライトノベルを読まないので偏見かもしれない)。彼も嫌いじゃない。むしろ好きである。

そのほかのキャラクターはジョニーの妻リヴァーを除いては、キャラクターとしてのカラーが薄く、印象に残り難かった。このことはあまり問題だと思っていなかったのだが、ひょっとするとジョニー本人を含めた彼の人生を彩るキャラクター像が鮮やかさに欠けてしまっていたのも、物語を楽しめなかった一因なのかもしれない。
オレンジの髪が特徴のリヴァー
彼女とジョニーのあいだに何があったのかが本作のキーである
ビジュアルと音楽は非常によい。ほとんど文句のない出来栄えと言っていいだろう。全体的に楽曲はよいものが揃っているという印象で、最初に流れるメインテーマは特によい。

可もなく不可もないパズル

『To the Moon』は、依頼者ジョニーの記憶世界を遡って進んでいく。しかし、記憶の世界を逆行していくのは並大抵のことではなく、より深層にある記憶へと進むためには依頼者の許可、あるいは逆光のための鍵が必要となる。

この鍵となるのがメメント(memento)だ。簡単に言うと、記憶の底に眠っている思い出の品である。メメントを起動することで記憶を遡ることができるのだが、メメントにはバリアのようなものが張られており、以下の手順でバリアを外し、メメントを起動しなければならない。

  1. 特定のオブジェクトを調べて、メモリーリンクを5つ集める
  2. 集めたメモリーリンクを使って、バリアを解く
  3. メメントの準備をする
  4. メメントを起動する

メモリーリンクは、オブジェクトを調べる以外にも特定の場所に進入する、特定の人物と会話するといったことでも入手することができる。同時に複数個入手することもあり、単調さを極力避けようとした努力が垣間見える。

メメントの準備は、ピースを反転させてすべてのピースを表向きにするという簡単なものだ。適当にやっていてもそのうち解けると思う。
パズルは操作回数が記録されるが、
ゲームにどのような影響を及ぼすのかはわからなかった
メモリーリンク集め自体はさしたる労力ではないし、難易度も低い。世界観とも合致しており、ゲームにそれなりにアクセントを与えている。絶対に必要かと言えばノーかもしれないが、悪いものではない。なお、序盤はメメント起動イベントが多く、心配になる方もいるかもしれないので言っておくと、中盤から後半にかけてメメント起動イベントの登場頻度は低下する。

ローカライズのクオリティについて

プレイを予定している人のなかには、ローカライズの具合が気になっている人もいると思うので言及しておく。なお、私は英語をろくに読めないし、英語版の『To the Moon』も未プレイである。それに私がプレイしたのはベータ版であるということは忘れないでほしい。

翻訳はいい感じである。不自然な日本語はほぼ見当たらず、ビジュアルも相まって「日本のゲームです」と言われれば、疑う人も少ないだろう。ワッツの軽妙な言い回しもうまく日本語になっているという印象だ(もともと軽妙な言い回しなのかは知らないが)。

また、翻訳にあたっては部分的に内容が置き換わっているものがあるので、私が気づいた範囲で列挙しよう。

  • TRADIS → どこでもドア
  • Zordon → J.U.L.I.A.*4

*4 これはPLAYISMで配信されている同名のゲームから持ってきたものと思われる

ほかにもアニメやゲームの必殺技っぽい単語が登場したりと、日本でも馴染み深いものがいくつか出てくるが、これは英語版と変わりないようだ。
「英語のままでよかったのか?」と感じたシーンが1つ
技術的な問題なのかもしれないが
そのほか、下記のような点がローカライズ上の問題として挙げられるが、私がプレイしたのはベータ版であるため、製品版では修正されているものと期待したい。
2012年12月13日追記
私が問題として挙げていた点は、製品版では修正が施されている。

  • 選択肢が画面からはみ出ている(選択は可能。1箇所)
     → 修正されている。なお、英語版ではもともとはみ出ていたようだ
  • アイテムの説明がない。もしくは表示がおかしい(2箇所)
     → 英語版で確認したところ、あるアイテムはもともと説明がついていなかったようで私の勘違いである。また、表示されるテキストがおかしかった部分も修正されている
  • 日本語としてよくわからない(1箇所)
     → テキスト自体は変わっていないが、PLAYISMより回答をいただき、その意味を知ることができた。参考として回答をいただいた際のTwitter上でのやりとりのURLを貼っておく。

Twitter - PLAYISMアカウント
https://twitter.com/playismJP/status/278766762412089344

総括

海外における高い評価という(私の中で)鳴り物入りで登場した『To the Moon』。私がプレイを終えたとき、本作に抱いていた淡い夢は脆くも崩れ去った。

ビジュアルやオーディオといった素材は実に素晴らしい出来なのだ。しかし、要となる物語は平坦で、エンディングまでほとんど加速することなく終わってしまった。推進力を失ったスペースシャトルが月に到達しないように、物語は加速なしにクライマックスとエンディングには辿り着けないのである。

数多くのメディアは『To the Moon』を満ち足りた体験と賞賛したのかもしれないが、私にとってはやはりどこか欠けた内容のゲームであったと言わざるを得ない。夜空に浮かぶ三日月は美しいだろう。ただ、物語はどこか欠けているものよりも満ちているもののほうが、豊かな体験をもたらしてくれるのだ。

私がニールと出会うことがあれば、『To the Moon』をより優れた作品にしてほしいと願うところだが、本作はそこまで悪い作品ではない。単に私の期待値には満たなかったというだけだ。それにゲームに限定したとしても死に際に願うなら、もっと重要な作品がたくさんあるのだ。
2012年11月13日追記
まったくの余談であるが、スペースシャトルでは月に行けないらしい。

日本語版『To the Moon』の購入について

購入はPLAYISMより可能で、2012年11月16日16時までに購入すると、以下の特典がつく。

  • 予約特典として10%OFFの882円で購入可能
  • 『To the Moon』オリジナルサウンドトラック
ちなみに楽曲自体は、ogg形式でゲームファイルに普通に同梱されているが、オリジナルサウンドトラックのほうが音質がいいのだとは思う。


PLAYISM - 『To the Moon』ストアページ
http://www.playism.jp/games/tothemoon/

2012年11月13日追記
謝辞が抜けていたので追記。

まずはじめに。正式なリリースに先んじてレビューを書く機会を与えてくれたこと、そして人気作でありながら言語が大きな壁として立ちはだかっていた『To the Moon』の日本語版をリリースしてくれたことに対し、PLAYISMには心からお礼を申し上げたい。

本当にありがとうございました。

今回のレビュアー募集企画自体もおもしろい試みで、同時期にさまざまな視点のレビューが並ぶというのも刺激的な体験であった。今後も同様の企画を見つけたらぜひ参加してみたいと思うし、ないなら自分からやってみたいと思う。

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